16 8月 ボブソンはいかにして始まったか
1993年、晩秋のある宵のこと。オアシスの代表者マーシーと私は、ちゃぶ台に一升瓶を乗っけて盃を交わしていた。
マーシーと私は、ともに1981年にオアシスを立ち上げた創立メンバーで、それ以来の付き合いだ。ただし私の方は、最初のひと夏が終わった時点で、早々にメンバーから抜けてしまった。オアシスの立ち上げには熱心だったが、それを毎年続けていく気力も、興味も持ち合わせなかったからだ。そもそも私は一人で物事を進めるのが性に合っていて、人と共同して何かをするのが、あまり得意ではない。
一方マーシーは、持ち前のエネルギーと持続力で、創立以来、約10年に渡ってオアシス運営に力を注いでいた。さらにその後も2025年の現在に至るまで、40年以上変わらぬ情熱を注ぎ続けている。きっとこの先も、生涯を通して関わり続けるだろう。彼の方は大勢の人間を束ねて、物事を推進することを得意とするタイプで、それだけの体力と精神力も兼ね備えている。
また、私が葉山を起点としながらも、あちこち飛び回る生活なのに対して、彼は葉山に根を張り、地域に密着して活動している。オアシスに関して言えばマーシーが運営の汗を流し、私はその上に乗っかって夏を楽しむという、「いいとこ取り」の関わり方を続けてきた。
そんなわけで性格は対極にある二人だが、興味の対象や生き方の方向性は似たようなものだし、同じ葉山に住む者同士として、夏以外にも何かと顔を合わせることが多く、付き合いは続いていた。中でも一致しているのは「酒好き」という点かもしれない。そんな流れで、その夜も盃を重ねていた。
酔いが回るにつれ、話は盛り上がっていく。時に行き過ぎて、喧嘩になったりもするのだが、まだそこまでは酔っていない。お互いいい感じの勢いで進んでいる。
ふとした弾みに、どちらからともなく、こんな言葉が漏れた。
「ボブ・マーリー、歌いたいな」
ただ一人で口ずさんでいるだけでなく、もう少し思い切った形で歌ってみたい、といった思いのようだ。
「いいね、歌いたいね」と、すかさず相槌が入る。思いは一つのようだ。
「オアシスのステージで、マイク持って歌うってのはどう?」
当時、オアシスではライブやワークショップためにステージが設けられていた。あのステージに立って歌うのだと思うと胸が高鳴る。
「いいなあ。ミュージシャンになった気分だな」
「じゃあ、カラオケ流して歌うか」
「いや、どうせなら、生演奏でやろうぜ」
「おう、それ、いいね!」
「だったら、ホームグロウンで決まりだな!」
当時、ホームグロウンのメンバーはオアシスのスタッフとして働いていた。オアシスに惹かれて葉山にやってきたミュージシャン志望の若者たちが気心を通じ合って結成した、まだ駆け出しのレゲエバンドだった。ボブ・マーリーの曲のバックを務めるにはうってつけだ。売れて忙しくなる前は彼らがバックを務めてくれていたのだ。
「ホームグロウンをバックに!最高!」
「歌いたい人、けっこういるんじゃないか?」
「そうかも。じゃあ、告知して参加者募ろう。『ボブ・マーリー生オケ大会』って銘打ってさ」
「いっそのことコンテスト形式にして、競い合うのはどうだ?」
しきりに盃が交わされる。話はぐんぐん盛り上がっていく。
「だったら審査員も必要だな」
「審査して、優勝者を発表する!」
「そうなると、何か賞品も欲しいな」
「賞品か?……じゃあ、豪勢にジャマイカ行き航空券ってのは?」
「えっ!ジャマイカ?それって……ツルちゃん?」
「そうよ。アイランドにスポンサーになってもらって、航空券出してもらうのさ」
「うぁー、本格的になってきたぞ!」
ツルちゃんとは私たちの共通の友人で、当時「アイランド・ツアーセンター」という旅行代理店の社長を務めていた。酒とオアシスをこよなく愛す男だ。折も折、ジャマイカに力を入れていて独自のツアーも企画していた。酔っ払いのタワゴトに付き合ってくれるかどうかは怪しいが、最適な人物であることは確かだった。
話が最高潮に達した頃、一升瓶も空になりその夜の宴はお開きとなった。まあ、私にとっては酒の上での単なる妄想にすぎなかったが、マーシーは違った。彼は本気で動き出し、翌1994年には「第1回ボブ・マーリー・ソングズデイ」実現の運びとなったのだ。しかもその内容はあの夜に語り合った通り。驚くことにツルちゃんも乗ってくれて、本物のジャマイカ往復航空券が賞品となったのだ。
第1回目はまだ認知度も低く、参加者はほぼ知り合いで固められていた。もちろんマーシーも私も参加したが、残念ながら優勝は逃した。代わりに優勝したのが現ホームグロウンのギタリスト、イワッチだ。イワッチはこの優勝で評価されて、ホームグロウンに加入する運びになった。ちなみにその当時の航空券はマイアミ⇄キングストン間のみで、東京−マイアミ間は自腹だったそうだ。
かく言う私も、第3回目にはチャンピオンの座を射止めた。まだ幼かった娘たちを” I Threes “に見立てたコーラス隊に加えたことが勝因だった。一方マーシーは未だにチャンピオンにならずじまいだ。
2025年の今年は、ボブソンも第32回目を迎える。長く続いたものだ。あの晩の酔っ払いの戯言がこれをもたらしたのだと思うと、なにやら感慨深い。酒の力、恐るべし。
もう6月か。そろそろ今年のエントリー曲の練習を始めないと。